風は

風は

きのうやあしたのすきまから

ふいてくる

いろとりどりのろうそくの火を

はこびながら

 

風が

音をたてているのではなく

あれは

物たちのよろこびの声だ

 

よろこべば

物はみな

風のように旅ができる

炎の旅だ

 

ぼくは風のかげで

いつも風のまねをしている

 

風のことばは

雲の群の足音

あるいは走るけものの耳

にじみあがる夜明けの海のうねり

さけんでるさざえの帆

あるいはあえぎあえぎ夜を

もちあげつづけてる

樹木の骨

稲びかりする声のない声

風は眠れない

風の踊る手は

火をつける

ぼくも火をつける

みえない火事だ

世界の淵へむかって

静かな炎が

チカチカ

ひろがってゆく

カテゴリー: 声の風景 — admin 23:43  コメント (3)

のどをつめて

のどをつめて

おばあさんになったソプラノ歌手が

ひとこえあげた

けれど

だれも

めざめはしなかった

おばあさんはどこへゆくのだろう

おおぜいの子供や孫たちをのせて

ぼくよりもましな友だちもいくにんかはのせて

みんなの枕がおばあさんの駅です

おばあさんのしずかなこえは

みんなの心臓のおとになっています

そして

みんなの夢にちいさな車の輪をつけています

ひとすじのかえるの卵の行列のような

おばあさんの列車が

いま

夜明けのはずれの

春の鉄橋を

わたってゆきました

カテゴリー: 声の風景 — admin 23:39  コメント (0)

ひよどりが鳴けば

ひよどりが鳴けば

空には

黄桃色の噴水ができる

その噴水のむこうには

樅の木や熟した柿の葉や

尾花や白旗雲がきらめいている

 

胡麻色の山山が

ゆっくり身をおこすと

空の芯は

 

静かな時計のように

けわしい雲の通り路に

おびただしい小石の雨をふらせる

けれど

ひよどりのこころには

なにもきこえない

鼓膜だけが寒そうにふるえている

 

田のくろの黒豆の繁みで

ひよどりの思い出は眠った

ふもとの村の

かげまつりのあの洞の底の

ひとすじの光芒のように

その眠りの水脈は

ほのめきながらきえては

 

 

カテゴリー: 声の風景 — admin 23:28  コメント (0)